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体調を整える段階での最大の問題
~ そんなこと今まで考えたことない・・・ ~

2012/12/22

病気の初期の頃は常に過眠状態にあって少しでも時間が空くと眠って体を保っていたように思う、その後は「好きな時間に寝て起きて、好きな時間に食べて・・・」自分の体が望むままにやってきた。

その時期は心と体が求め環境がそれを許していたから、それが病状の安定に役立ったことは否定できない事実だ。

 

しかし最近は心が安定してきて、以前のような現実逃避的な過眠も少なくなってきたし、穏やかな気持ちで起きていられる時間が増えてきたから、こうやってブログの更新も今までの自分にしたら驚くほど順調に続いている。

心の変化は環境の変化を生みやすく、目の前にある現実も変化して、発病後17年目に突入して、今初めて「体調を整える」必要性を感じている。

体調を整える段階での最大の問題

体調を整える段階で最大の問題は、「今まで真剣に体調を整えようと考えたことがない」ということだ。

若くて体調の管理をしなくてもある程度体調の管理をする必要がなかったこと、自由を満喫できる時間的・金銭的ゆとりがあったこと・・・。

そのために常に最大限に体調を高めないといけないと意識したことがなかった。

だから体調を整えるということがどういうことか、またどうすればいいのか、というのは、今から見つけ出していかないとけいないと感じている。

ただ意識を高めると自然とそうなるので、あまり心配はせずとも最高の体調を常に維持できるまでにはそれほど時間は掛からないように感じてはいる。

体調管理の1番の手本は祖父

1番の手本は祖父だ。

父が入退院を繰り返して、ほとんど仕事が出来なかったこともあり、祖父は1人でお寺を守ってきた。

そういえば、祖父が現役で働いているときには、1回ぎっくり腰になった以外の病気は記憶にない。

 

祖父の時代は、臨終行儀といって、人が亡くなる直前にその人の枕元で、息を引き取るまで念仏を唱えたりしていて、夜が明けるまで延々と念仏を唱えていたこともあったそうだ。

また、人が亡くなるとお寺へ「かけつけ」といって深夜何時であっても、枕経(亡くなった後に唱えるお経)を唱えにいっていたそうだ。

最近は時代の変化で、そういうことはなくなったが、お寺の仕事は「いつ誰が亡くなっても対応できるように最高の精神状態と充分な体調を常に維持すること」が必要なんだと、不惑(40歳)を前にして分かるようになってきた。

これから、今まで何も考えたことのなかった「自分の体調管理」について、意識を高め満足できるレベルまで引き上げ、いつ何時何が起こっても対応できる状態を保たないといけないと感じているところだ。

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