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統合失調症は治る病気です。


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統合失調症という滑稽なまでの繊細さ

2015/10/10

例えば、友達の家に行って、「コーヒーと紅茶、どっち飲む?」と聞かれたとする。

そしたら僕は「コーヒーと紅茶どちらが相手の手間が掛からないだろうか? この状況でコーヒーと紅茶どちらがオシャレに思われるだろうか? 片付けの手間はどっちが楽なんだろうか? どっちをどのように頼めば喜び相手の負担が少ないのだろうか?」など、そのとき自分が考えられるありとあらゆる状況をシュミレーションして、相手が1番嬉しい答えを瞬間的に導き出すことが習慣になってしまっていた。

でも、相手はそんなに深く考えてない。

飲みたいものを頼めば良いだけだ。

 

今考えると笑い話に感じるが長い間それが当たり前だった。

その生き方は常にアンテナを張っていないといけないし、不自然だから疲れてしまい、人と会うのが嫌になってしまう。

ある面では思考力や直感力や洞察力は高まったのかも知れないけど(笑)

 

自然体であることが1番楽

多くの一般人は、そこまで深く考えないし、感じる能力もない。

ウィーンに住んでいたときには、西洋人は「人の心は言葉にしないと伝わらない」と考えているから、心の奥に目を背けたくなるほどの悪意を隠し持っている人が多かった。

握手をしながら空いている手には見えないナイフを突きつけているような印象だ。

 

統合失調症を患うと、繊細過ぎて些細なことがとても重要な問題となる。

あまりにも繊細に相手のことを感じてしまい、それが負担となり人との関わりが辛い人も多いだろう。

でも、多くの人はビックリするぐらい鈍感だっていうことを知ることと、自然体であることがお互いに1番楽だと知ると少しは楽になるかもしれない。

 

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