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真剣になりすぎると強い怒りを感じやすい

2013/05/22

プロ野球選手のイチローは野球道を真剣に求める求道者のように観ていて感じることがある。

彼は記者とはあまり良好な関係を築いていないという話を仄聞したことがある。

「こっちは真剣にやっているのに、なんで記者たちは野球の勉強もせずにどうでもいい話をするんだ!」というようなコメントを残して、真剣にやっていないと彼が感じる記者には辛辣な態度を取っていたとか。

 

真剣になるのは、何かの道を求めるため、自分の成長にとって必要なことというのは疑いはない。

しかし「弾琴の喩え」のように、あまり真剣になりすぎると張りつめすぎて絃が切れてしまうし、いい加減にやっている人を観ると強烈な怒りの感情が生まれやすい。

僕がそうだったように、それが酷くなると「死ね」とか「コロシテヤル」みたいな強烈な感情にも繋がりやすいようにも思う。

 

僕が海外に行ったのは、簡単に言うと、兄とけんかしたからだ(笑)

「僧侶は真剣に道を求めるべきなのに、なぜそんないい加減に僧侶という仕事をしているんだ!」という怒りが爆発して「こんな人とはやってられない!」という気分から海外に逃避した(苦笑)

 

海外では苦しい生活だったけど、4年間の海外生活を終えて帰ってきたら、兄の気持ちも分かるようになった。

大学卒業してすぐにお寺の最高責任者である住職になった兄は、どれほどのプレッシャーを受けていたのかと分かるようになった。

もしその時に、僕が考えるようなレベルで真剣に道を求めていたとしたら、心身共に病気になっていたのかもしれない。

 

真剣に道を求めることも大切だが、その段階を超えると、それ以上に大切なのは常にゆとりをもって、絃が切れるほど真剣になりすぎないことのように感じている今日この頃だ。

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