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自分なりの速度で、自分なりのやり方で

2014/07/15

お寺に生まれたこともあってか、若い頃は「僧侶とはこうあるべきだ。人間とはこうあるべきだ!」という思考の枠に強く捕らわれていた。

そのために、その枠から外れている人を心の奥で、ときには言葉にして猛烈に批判していた。

そのために人間関係が修復不可能になることも多かった。

本来自由であるべきの自己を強固な枠に閉じ込めようとしたストレスが発病の一因になったようにも思うし、長い間病状が思うように回復しなかった原因のようにも感じる。

その常識や「枠」という囚われから自由になるのが本来あるべき道なのではいかと、今は考えている。

 

意識が高くなると人のことは気にしなくなる

6月の終わりに、1週間の厳しい修行を終えた。

厳しい修行に自らの意思で参加するだけあって、その意識はこちらが恥ずかしくなってしまうほどに高い。

相当厳しい修行だと聞いていたから、入る前はどれだけケチョンケチョンにされるかと不安だったがそういうことは全くなかった。

意識が高くなると、自然と常識や「枠」に捕らわれる必要がなくなって、人のことは良い意味で気にならなくなるみたいだ。

良い意味で他人のことを気にしない、自分が他人からどう思われるかを気にしないというか。

意識の高さが内に向かい、自己を完璧に確立しているからだと感じた。

 

自分なりの速度で、自分なりのやり方で

意識の高さを保てるようになると、各個人によって、やり方も違うし進むペースも違うということを自然と心で感じるときがやってくる。

人によって、それぞれのやり方や速度がある。

それを「枠」から外れているからといって批判することほど愚かなことはない。

 

僕自身は僧侶としては常識から考えると堕落したような生活をしているように映るだろう。

しかし、僕ほど心の内を見つめて繊細な問題を解決している人はそうは多くないようにも感じている。

 

「こういうやり方・こういう速度であるべきだ!」という世間の常識や、自分が作り上げた強固な「枠」を取り外してより自由になること!

 

自分の心が本当に求めるやり方・速度で進んでいけばいいだけなんだ。

たまには遠回りしてしまうこともあるかもしれないけど、道草も楽しむのんびりとした旅のように。

それが回復の1番の近道だと感じる今日この頃だ。

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