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統合失調症は治る病気です。


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過去の失敗を病気のせいにして甘える

2014/03/20

例えば、ヨーロッパでは、電車の中で殺人事件が起こったとしても、それが精神障害者によるものならば、その加害者を責めることはないそうだ。

西洋的な合理的な考え方で「病気が悪いから」と割り切れるらしい。

同じことが日本で起こったとしたら、病気を責めるよりも、加害者を責める雰囲気があるように思う。

こういう表現は不快感を感じる方もあるだろうが、ヨーロッパでは日本に比べると、ある意味で「精神障害」という言葉に甘えられるということだ。

 

過去の失敗は病気のせい

僕もこうやってブログをのんびりと書けるぐらいまでには回復したけれども、その過程では自分の常識で考えると「ありえない」というような失敗をたくさんしてきた。

統合失調症は基本的に病識がないから、今まではそれを未熟な自分が悪いと自分自身を責めて苦しんでいた。

胸の辺りの、重たい鈍器で殴られたような痛みや、過去を直視すると逃げ出したくなるようなナイフでえぐられるかのような鋭い痛みが常に頭の中にあった。

 

それが、あるときふと「統合失調症で20代は社会的生活があまり出来なくて人間関係の経験も少なく人より劣っているだろうし、繊細になりすぎて思考力も判断力も常識で考えるとおそらく的外れなところもあるし、肉体的にも薬の副作用や自律神経失調症のような症状で本来の自分ではない。過去の失敗は病気のせいじゃん。」という思考が頭の中にスッと入り込んできた。

「あぁ、僕は病気だから、僕のせいではなく病気のせいにしてもいいんだ」と考えられるようになると、直視出来なかった過去の痛みも、第三者がyoutubeを観て、「ふ~ん、そういう人もいるのね。どうでもいいけど(爆)」というような軽やかな感情にたどり着く。

 

病気に甘えることは悪いことではない

以前、以下のような感想をもらったことがある。

「病気になって甘えられる」とか「病気になって自由を感じている」という表現は正直読んでいてあまり気持ちのいいものではありませんでした。

これが一般の人の率直な感想なんだろうと思った。

例えば、陽性症状の後にやってくる陰性症状では、本人がいくら苦しんでいても、周りの人は「なまけているだけ」にしか見えないことが多い。

本人も「これではだめだ!」と無理に活動しようとして、更なる苦しみ無間地獄ループに落ち込み、状態が良くなるどころか悪化して、最悪の場合陽性症状の再発ということにもなりかねない。

陰性症状は怠けているのではなく「充電の切れたバッテリーを充電している時期、脳の老廃物を排出している時期、脳の進化に必要なプロセス」などと考え、のんびりと寝たいだけ眠らせてあげようと、ある意味病気に「甘えさせる」ことで回復は劇的に早くなる。

本人も「甘えても良い時期なんだ」と安心感があると、その安心感が回復の大きな助けとなる。

(参考 contents 本当にこの病気は治るんです。

 

「病気に甘えさせる」「病気に甘える」という表現には不快感を感じる方も多いと思う。

しかし大切なことは、この病気は一般常識では計れない部分が大きいということだ。

陽性症状の神になったかのような全能感も、その後にやってくる意識が全く働かない陰性症状というのは、どういう表現を使っても、その内的感覚を伝えることは出来ないように思う。

経験した人でないと分からない。

そのために、本人も看護する人も一般常識に縛られすぎないことが病気から回復するためには必要になってくる。

 

一般的な病気よりも充分に「甘えさせる」「甘える」期間を持てると好いように思う。

「だっこして~♪」という子供が、成長すると抱っこされるのを嫌がるようになるように、自然と甘えず精神的自立を果たすときは、やがてやってくるから。

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