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「統合失調症の僕は愛されない」という想い

2016/02/25

もし僕が統合失調症じゃなかったら、この人と結婚していただろうな~という人は何人かいる。

今考えると、そのときは「統合失調症の僕は愛されない」という観念が強くて、「これじゃ愛されないでしょ!」という極端な酷い行動を取って破局を迎えていた。

石橋を巨大なハンマーで壊れるまで叩いて、「やっぱり壊れるじゃん!」というような感覚だ。

 

「統合失調症の僕は愛されない」という観念に気づく!

今回、お見合いの話に乗ってみた。

驚くほどトントン拍子に話が進み、周りもノリノリで大きな流れに身を委ねる感覚だったので、決まるのかと勝手に思っていたけど、結局話はまとまらなかった。

数日は落ち込みもしたが、「何でだろう?」と考えてみると、心のどこかに「統合失調症の僕は愛されない」という観念があって、それを気づかせるために今回のお見合いの話があったんだろうと腑に落ちた。

 

以前は観念が強すぎて、その観念の中でもがき苦しんで来たのだけど、最近は観念を客観的に俯瞰して眺めることが出来るぐらい意識は拡大してきている。

観念を俯瞰することが出来るようになると、その観念からは自由になれる。

同じ状況でも、違った心の反応、行動が出来るようになる。

 

今回の学びでは「統合失調症でも無条件に愛される」ということを感覚的に理解し始めたようだ。

 

僕らは無条件に愛されている

スピリチュアル系の本にはしばしば登場する言葉だが、僕らは、創造主というか神というか仏というかSomething Greatというかハイヤーセルフというか、そういうものから無条件に愛されている。

「無条件に愛されることはない」という観念で世界を構築出来るほど、無条件に愛されているのだ(笑)

 

「自分が無条件に愛されていること」に気づくと、自然と周りの人も無条件に愛することが出来るようになる。

これが、統合失調症になって今まで1番大きな学びかも知れない。

この「無条件に愛されていること」「無条件に愛すること」が感覚的に分かって、次の展開がどうなるか、わくわく楽しみに待っているところだ。

 

絶望や暗闇にヒカリを当てる

統合失調症になるということは、今までは絶望・暗闇・地獄と表現してもおかしくない程の苦しみだったのは想像に難くない。

一般の人には想像できないほど、感性的に繊細で、受ける苦しみというのは健常者には耐えられないと聞く。

 

僕らが、困難な道を選んで統合失調症として転生してきたのは、その絶望や暗闇や地獄にヒカリを当てて、世の中を幸せにするためなのだと、何となく分かってきた今日この頃だ。

 

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