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統合失調症は治る病気です。


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日本的な出来る人と世界的に出来る人は違う

2013/05/11

僕は統合失調症を発症してから、海外で4年生活していたことがある。

北京とウィーンと日本を行ったり来たりの生活だった。

主にアーティストのアシスタントとして活動していた。

北京では、メディアアートといって主にパソコンなどを使用した現代の最先端の作品を作るアーティストのアシスタントだった。

無名のアーティストが当時中国ではメディアアートの第一人者となるまで。

作品はそのアーティストのものだっけど、ほとんど僕が作品を作っていた。

オランダ在住の人とネットでチャットしながら作品を作ったが、それはオランダのアートマガジンに掲載された。

 

ウィーンではアーティストで映画監督でもある人のアシスタントだった。

素人なのに映画撮影の監督アシスタントになったり、その人の作品では、僕が現地監督になって北京でまず撮ることは出来ないような、下手すると国際問題になりかねないような作品を撮った。

彼はウィーンでは有名なアーティストだったが、僕がアシスタントをしている頃に、ある程度世界的にも有名なアーティストとして認識されるようになった。

 

自分で言うのは多少はばかられるが、そういうアシスタント能力の高さは世界レベルなのかもしれない。

それは統合失調症になるほど僕が繊細だったこと、また外国人は、日本人のように空気を感じる能力や感情が繋がる感覚が分からないほど鈍感な人が多いから、僕の繊細な能力が海外では役に立ったのだと思う。

海外のアートフィールドで「出来る人」

海外のアートフィールドでは「世界的に有名な○○」という人と多く出会ったらしい。

あまりそういうのに興味がないからどうってことないんだけど、そういう人たちは日本で生活したら「精神病」のレッテルを貼られる人が多いように思った。

海外のアートフィールドで出来る人は「取りあえずやってみて、何か問題が起こったらその時考えればいいや」みたいな雰囲気があって、一見「あほちゃうんか?」ということを実行できる人が、成功しているように思えた。

特に欧米では多くの人が日本人は出来ないような論理的な思考が出来るから、考えすぎて行動に移せない人が大多数なのかもしれない。

日本的な出来る人

今、僕は僧侶の世界で、いわゆる「出来る人」の中で活動している。

今の僕にとって日本的な「出来る人」は「ありとあらゆるシュミレーションをし論理的に緻密に計画を練り上げることが出来、それを実行できる人」で、それを今学んでいるところだ。

海外生活である程度の実績を残したから、自分ではある程度能力あるのだろうと思っていたが、日本的な「出来る人」の中にいると、綿密に計画を立てずに感性と感覚を頼りにやっていたから、自分の能力の低さが分かって、多少凹んだりもする。

海外で生活したということは、その期間で身につけるべき日本的な常識や能力を高めることが出来なかったということだから。

でも、統合失調症の繊細さを生かして、追いつくことは難しくないように思うし、短期間で僕も「出来る人」の仲間入りが出来るんじゃないかと期待している。

「出来る人」が周りにいるということは僕が「出来る人」になるステップのように思っている。

世界を変えていくのは実は僕らかもしれない

統合失調症を発症して、自分の能力のなさに自信を失っている人も多いかもしれない。

でも、日本的な繊細な感覚以上に繊細な感覚を持つことが出来るのが統合失調症を発症した人で、場所が変わり、環境が変わると、驚くほどの能力を発揮できるのが僕たちだと考えると、楽になるかもしれない。

もしかすると、統合失調症から高いレベルで寛解した人が多くなると、日本でも僕たちが高い能力ある人となって世界を変えていくのかもしれないと幸せ回路を動作させてみた(笑)

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