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偽りの意識の高さと本当の意識の高さ

2014/06/30

6月に長野であった1週間の修行を終えてきた。

宗門にとって最高峰の修行の場だそうで、そこに集まる人たちの意識もこちらが恥ずかしくなるほどに高かった。

 

偽りの意識の高さ

社会的な常識や自分の基準で「これはこうあるべきだ」との基準を作り、他人と比較しながら保っている意識の高さは本物ではない。

それは「意識の高さ」ではなく、単に思考に囚われているだけだ。

こうあるべき自分というのは存在しない。

僕らはありのままでいいのだ。

すなわち偽りの意識の高さは、「こうあるべき自分」という幻想を追いかけ続けるということだから、心身ともに相当なストレスを感じることになる。

 

また、偽りの意識の高さは比較対象を必要とするということだから、どうしても他人と比較してしまって「どうしてあいつはあんなにも意識が低いんだ」と人を批判しがちになる。

心の奥で人を批判していると、自分の基準から考えるといい加減に取り組んでいる人にイライラするだろうし、それはその人に伝わり、良い関係性が保てなくなる

僕が海外に逃亡した一因も「僧侶としての意識の低い兄」にイライラしてしまったからだ。

今思うと、僕が僧侶としての意識が高かったのではなく、間違った方向の意識の高さを持っていたからだ。

 

本当の意識の高さ

本来あるべき意識の高さは、自然と心の奥から湧き出るものだ。

そうやって意識が高まると、これは不思議なことに周りの人にも伝わり、周りの人の意識も高まり、それがまた自分にフィードバックされて、どんどんと意識は高まっていく。

 

社会的な常識や、自分はこうあるべきだという思考に囚われて心身を摩耗することがなくなり、また他人へ対する非難や批判が比較する必要もなくなり、よりリラックスして高い意識を保てるようになる。

 

無理に「高い意識でやらなきゃ!」と思う必要はないということだ。

本当の意識の高さは、泉が湧き出るように心の奥からあふれ出るもので、本人は意識を高く保とうなど考える必要がなくなり、何をするにしても、高い集中力でやることに繋がり、心が望む現実が生まれやすい。

 

「高い意識を持たなきゃ!」と自分を追い込むことは実は間違った方向に向かいやすいのだ。

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